
5.122019
役職定年制(管理職定年制度)とは、部長や課長といった管理職社員を対象とし設定した年齢に達すると役職を外れる人事制度で、企業組織内の人事の若返りや後進育成を主たる目的としており、近年多くの企業が採用し就業規則等で定めております。
管理職からの降格という人事権の行使自体は、差別や不利益取扱いの禁止規制に抵触しない限りは会社側の経営上の裁量判断として容認されることが多いですが、これに伴い賃金や賞与が大幅減額となる場合、労働条件の不利益変更、あるいは就業規則の不利益変更の場面として法的問題となることがあります。
労働契約法9条本文は
「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。」
と定めておりこれが原則になりますが、
また同時に、使用者が労働者の合意なくして就業規則の変更により労働条件を変更する場合であっても、
「変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。」(労働契約法9条但書、10条本文)と定め、変更後の就業規則が合理的なものであれば、就業規則の変更によって労働契約の内容の不利益変更が可能とされております。
したがって、会社が就業規則変更により役職定年制を導入する場合には、当該就業規則の変更の合理性の有無を詳細に検討する必要が生じます。
熊本信用金庫は、平成12年3月に就業規則を変更して役職定年制を導入しました。 その役職定年制の概要は、
① 職員は、所定の役職定年年齢に到達した日以後に迎える人事異動時に役職から離れ、以後は「専門職」に従事すること。
② 役職定年後の本人給、職能給、専門職手当等で構成される基本給は、55歳到達時以降、毎年10%の割合で削減され、その結果60歳で定年を迎える際には削減率が50%になる
というものでした。
平成21年から平成23年にかけて順次同金庫を退職した従業員たちが、退職後に役職定年制が導入されていなければ支給された給与、賞与、退職金との差額を求めて提訴したのがこの裁判です。
裁判所は、本件就業規則の変更に合理性はなく、原告元従業員らの一部については会社との個別の同意もなかったと判断されたため、会社に対し差額給与等の支払いを命じました。
裁判所がこの判決で行なった合理性の判断基準は、役員定年制をトラブルなく円滑に導入するうえで大変参考になりますので、以下引用します。
「賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。」
「労働者にとって給与等の額は、その生活設計に直結する重要な労働条件であるところ、上記(略)のとおり本件就業規則の変更による給与等の削減幅は、年10パーセントの割合で削減されるという大幅なものであり、かつY(=信金)ら職員らが定年を迎える時点においては、50パーセントにまで達するものであって、役職定年到達後の労働者らの生活設計を根本的に揺るがしうる不利益性の程度が非常に大きなものである。」
「Y(=信金)において破綻の危険が現実的に迫っていたものでもない状況において、本件役職定年制の適用を受けてYにおける勤務を継続する以外の選択肢としての早期希望退職制度を設けることが困難であったとは考えがたく、また、本件全証拠に照らしてもほかに職員の被る経済的な不利益性を実質的に緩和することができる代償措置を導入することが不可能であったことを窺わせる事情があることは認められない。」
「本件就業規則の変更は、労働者の受ける不利益の程度がその生活設計を根本的に揺るがし得るほど大きなものである一方で、労働条件の変更の必要性の程度が現実にY(=信金)の破綻等の危険が差し迫っているほど高度なものではなく、代替措置は一応講じられているものの上記の不利益の程度と比較して不十分なものであるということができ、後記認定にかかるYの職員らに対する意見聴取や説明の経緯、多くの職員は本件就業規則の変更に同意していること等のその余の事情を考慮したとしても、合理的なものであるとは認められない。」
なお本件判決では別に、原告らの一部が本件役職定年制の導入に関して反対の意思を表明せずに変更後の給与等を受け取っていた点が就業規則の変更に対する黙示的な同意にあたるか否か、についても争点になりましたが、判決は、
「労働条件を労働者に不利益に変更する内容でありかつ合理性がない就業規則の変更であっても、当該就業規則の変更について労働者の個別の同意がある場合には、当該労働者との間では就業規則の変更によって労働条件は有効に変更されると解される」 ものの、労働者の同意は、
「労働者の労働条件が不利益に変更されるという重大な効果を生じさせるものであるから、その同意の有無の認定については慎重な判断を要する」旨を述べ、
「本件就業規則の変更によって生じる不利益性について十分に認識した上で、自由な意思に基づき同意の意思を表明した場合に限って同意をしたことが認められるのであって、X(=退職従業員)らの一部がその内容を理解しながら積極的に反対の意思を表明することなく変更後の給与等を受け取っていたことをもって、本件就業規則の変更について黙示的に同意をしたと認めることはできない」
と判断しています。
なお、この就業規則の不利益変更に対して労働者の同意があったかどうかの判断の争点については、平成28年2月19日付最高裁第二小法廷判決(山梨県民信用組合事件)が後日出ておりますので、コラムを改めてまた詳細にご紹介したいと思いますが、同最高裁判決から学ぶべき現場対応としては、
会社が就業規則の不利益変更を行う際、労働者に同意書への署名を求めるようなことだけでは紛争回避の観点から十分とは言えず、会社側は、労働者に具体的に生じる不利益について、労働者へ具体的詳細に説明しなければならないこと、そして「 労働者に自由意思に基づく同意があった」と認められるための判断要素としては、
① 説明の内容(不利益の内容をごまかさずに説明するものとなっているか)
② 説明の方法(資料の有無やその内容、説明会や個別面談の実施の有無やその内容、説明の実施時期など)
③ 同意を示す署名や押印
の3点ともに充足する必要がある、ということになります。
(最高裁解説につき参照:成蹊法学84号「論説」原昌登氏論文)
以上、長くなりましたがご参考になれば幸いです。
就業規則変更に伴う労働条件の変更には慎重なリスク管理が要求されます。
経営者の皆様も、労働者の皆様も、お一人で悩まずにお気軽にご相談下さいませ。
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