
5.82012
こんばんは。連休明けお疲れ様です。
今夜は、自分が担当している訴訟で争点となっている事項がありまして、確認の調査がてら、本コラムを書いております。
発展途上国等におけるビジネスにおいては、まだまだ契約を当事者間双方が守らなければならない(拘束力)という考え方が乏しく、そのような国々で、あるいはその国の企業とお取引をする際に苦労されていらっしゃる方も多いかと存じます。
しかしながら、日本を含め先進国は皆、契約社会です。否、西ヨーロッパやアメリカの方が遙かに契約社会でしょう。F1ドライバーはワンシーズンチームと契約するに際し、百枚以上にわたる契約書に目を通してサインをすると言われております。また、我々弁護士を含め、外資系企業において打合せをする際、会議の冒頭に「秘密保持覚書」が配布され、それにサインして初めて打合せができる、といったことも珍しくありません。
そして日本も勿論契約社会ですから、一度締結した契約は両当事者はこれに拘束され遵守しなければならず、条項等に違反した場合には契約の解除権が相手方に生じたり、それに伴い損害賠償を支払わなければならなくなったりするのが通例です。
それでは、この契約の拘束力は、常に守らなければならないのでしょうか。
今回は、契約締結後に社会変動等があった場合を問題にしたいと思います。
法律の分野では、このような場面を、「事情変更の原則(法理)」と呼んでいます。具体的には、
「ある契約の締結時に契約当事者間で前提とされた事情がその後変化し、元の契約どおりに履行(=契約を両当事者に守らせる)させることが当事者間の公平に反する結果となる場合に、契約当事者は契約解除や契約内容の修正を相手方に請求できる」とする考え方です。
この点、最高裁は次のような判示をしています。
(長くなってしまうので、詳細な事例は省きます)
※ 「・・・事情変更の原則を適用するためには、契約締結後の事情の変更が、当事者にとって予見することができず、かつ、当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたものであることが必要であり、かつ、右の予見可能性や帰責事由の存否は、・・・契約締結当時の契約当事者についてこれを判断すべきである。」(ゴルフクラブ会員権等存在確認請求事件・最高裁平成9年7月1日付判決)
※ 「・・・いわゆる事情の変更により契約当事者に契約解除權を認めるがためには、事情の変更が信義衡平上当事者を該契約によつて拘束することが著しく不当と認められる場合であることを要するものと解すべきであつて、その事情の変更は客觀的に觀察せられなければならない・・・」(請求に関する異議事件・最高裁昭和29年2月12日付判決)
これら最高裁判決は、いずれも「事情変更の原則(法理)」に基づく契約解除を認めませんでした。
特に、下の昭和29年の古い判決は、建物の売買契約の締結をしていたところ、その後、契約の売主の居宅が太平洋戦争の戦災によって焼失してしまったので、当初の売買の対象であった建物に居住する必要が発生したということを理由として、売買契約の解除を買主に請求したのですが、それでも認めませんでした。
このように、予め両当事者で締結した契約書のなかに、特約として契約締結後に生じた事項につき契約内容の変更等を認める(賃料や請負報酬などが社会経済の激変により相場から著しく乖離した場合の増額規定など)条項などが予め規定されていない場合には、事情変更の原則(法理)が認められる余地は非常に少ないと言わざるをえません。
※ 東日本大震災にかかわる問題-第一東京弁護士会の見解
東日本大震災前に締結していた大きな売買契約を、東日本大震災後も守らなくてはならないのか、資金の手当ての目途もつかないのに・・といった疑問が皆様に生じるかと存じます。
この点につき、第一東京弁護士会が、以下のような事例回答を公表しておりますのでご紹介して、本稿を締めたいと思います。
Q 震災前に船を購入する契約をしていました。震災がありましたが船は無事とのことでした。しかし、お金がなくなってしまったのでできれば売買契約を解除したいのですが、可能でしょうか。
A この場合、契約上に特別な規定がなければ、契約を解除する事由はないと思われます。(もし手付解除の規定があり、履行の着手前であれば、手付金を放棄することにはなりますが、解除して代金の支払いを免れることにはなるでしょう。)
あとは、事情変更による解除ができるかどうかが問題となります。
同法理の一般的要件としては、(1)契約成立当時その基礎となっていた事情が変更すること、(2)契約締結後の事情の変更が、当事者にとって予見することができなかったこと、(3)事情変更が当事者の責めに帰することができない事由によって 生じたものであること及び(4)事情変更の結果、当初の契約内容に当事者を拘束することが信義則上著しく不当と認められることが挙げられています(谷口知 平ほか編『新版 注釈民法(13)債権(4)』(有斐閣、平成8年)69頁、最判昭29・2・12民集8・2・448、最判平9・7・1民集51・6・ 2452参照)。しかし、判例上、事情変更の原則自体は認められているものの、その適用には厳格な姿勢がとられています。このため、今回の大震災によった としても、事情変更の原則が適用されない可能性が高いと言わざるを得ません。
事情変更の原則が適用されない場合、代金支払義務は免れません。もっとも、今回の震災の影響として資金繰りが困窮したことは売主にも理解してもらえるで しょうから、支払時期の延期、分割払い、一部減免等を交渉すべきでしょう。
以上、ご参考になりましたら幸いです。
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