
5.242019
高齢化社会を迎えた近年、夫婦の一方が先に他界した場合に残されたパートナー(配偶者)の生活基盤が不安定になる事例が度々社会問題化しておりました。
そのようななか、今までは裁判所が法解釈から判例を積み重ね、個別具体的な問題に対して配偶者保護の解決策を見出してきましたが、今般の相続法改正により新たに配偶者短期居住権、配偶者居住権、相続手続における払戻し免除の意思表示の推定規定などが設けられました。
当コラムでは、これらの中核となる「配偶者居住権」制度の概要をご紹介していきます(「配偶者居住権」制度は2020年4月1日より施行されます)。
配偶者居住権の概要について
夫婦がマンションや戸建住宅などの所有物件に居住している場合、その不動産が夫婦共有名義になっているとは限らず、経済力がある一方配偶者(多くは夫)の単独名義であることも少なくありません。いずれの場合であっても、仮に夫が先に他界した場合、居住不動産の夫名義部分については相続財産として遺産分割の対象になるため、配偶者である妻が所有権を確保できない場面が生じ、その不動産に居住し続けることが難しくなります。
改正相続法は、残された配偶者について原則として死亡するまでの間、無償で当該不動産に居住し続けることができる法的権利を新設し、配偶者の生活基盤の維持を図る選択肢を作りました(「配偶者居住権」)。
配偶者居住権は、不動産賃借権類似の性質をもつ法定債権とされています。
配偶者居住権が成立する前提条件として、当該不動産の権利関係、居住状態つき以下の2点を満たす必要があります。
① 配偶者が相続開始時に被相続人(死亡した夫又は妻)所有の建物に居住していたこと:配偶者の居住、生活基盤を守ることがこの制度の目的ですので、配偶者が被相続人所有の建物に居住し、かつ「生活の本拠としていた」ことが必要であると考えられています。
② 被相続人が居住建物を配偶者以外の者と共有していないこと:被相続人の単独所有、あるいは被相続人と配偶者の二人だけでの共有であるならば別論、もし元から夫婦以外の第三者の所有権持分が当該居住建物にある場合、配偶者居住権の設定により当該第三者の所有権が著しく害される結果となるため(配偶者による無償の居住を受け入れなくてはならない)、このような場合を除外しています。
配偶者居住権が成立する手続の流れとしては、大別して、「遺産分割または遺贈による取得」あるいは「遺産分割審判による取得」の2つになります。
① 遺産分割または遺贈による配偶者居住権の取得: 配偶者を含む相続人間の遺産分割協議において配偶者が配偶者居住権を取得することになった場合、あるいは、被相続人が遺言により配偶者に対して配偶者居住権を贈与する旨を指定していた場合など、相続当事者間の意思に従い配偶者居住権を成立させる場合がこれに当たります。
夫婦の一方が、自分が先に他界した場合に配偶者パートナーに確実に配偶者居住権を付与し、自分亡き後の生活居住基盤を守ってやりたいとお考えならば、遺言作成の際に配偶者居住権を遺贈する旨条項を入れておきましょう。
② 遺産分割審判による配偶者居住権の取得: 被相続人の遺言がなく、また相続人間での遺産分割協議が整わない場合には家庭裁判所に対して遺産分割請求の審判を求めることになりますが、家庭裁判所は次の場合に限り、配偶者が配偶者居住権を取得する旨を定めることができます。
a) 共同相続人間に配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき。
b) 配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合において、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき。
以上に述べてきた要件を満たして成立した配偶者居住権の具体的権利内容はつぎのとおりです。
1)配偶者居住権の設定登記義務(対抗力):居住建物の所有者は、配偶者居住権を取得した配偶者に対し、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負います。この設定登記により配偶者居住権は第三者に対して対抗力をもつことになります(居住建物の所有権が第三者に譲渡された場合も配偶者は当該第三者に対して配偶者居住権を主張できます)。
2)使用収益権 : 配偶者は配偶者居住権を取得した場合、居住していた建物の全部について使用及び収益する権利が認められます。具体的には、相続開始前に居住部分以外に店舗として使用していた部分や、賃貸して家賃収入を得ていた部分がある場合には、居住部分だけでなく建物全体について、配偶者が配偶者居住権に基づき使用および収益をすることができます。ただし基本的には相続開始前と同じ利用方法でなければならないことに注意が必要です。
3)存続期間 : 原則として配偶者が亡くなるまでの間の終身にわたり存続します。
ただし、遺産分割協議もしくは遺言に別段の定めがあるとき、または家庭裁判所が遺産分割審判において別段の定めをしたときは、配偶者居住権の存続期間を一定期間に制限できることとなっています。
4)善管注意義務義務 :配偶者は、従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用および収益をしなければなりません。
5)譲渡禁止 : 配偶者居住権は、配偶者に一身専属的なものであり第三者に譲渡することができません。
6)増改築や、第三者に使用収益させる場合の所有者の承諾 : 配偶者は、居住建物の所有者の承諾を得なければ、居住建物の改築もしくは増築をし、または第三者に居住建物の使用もしくは収益をさせることができません。
7)修繕など : 配偶者は、居住建物の使用・収益において必要な修繕をすることができます。配偶者がこれをしない場合には、居住建物所有者が修繕をすることができます。その反面、必要な修繕以外の修繕については、配偶者は居住建物所有者に遅滞なくその旨を通知しなければなりません。
修繕費用については、必要な修繕費用は原則配偶者が負担し、それ以外の修繕費用(居住建物の増築費用等などの有益費)については、その価格の増加が現存する限り、居住建物所有者の選択に従い、配偶者の支出した金額または増価額を建物所有者が負担することになります。
8)配偶者居住権の消滅請求 : 配偶者が前述の善管注意義務や用法遵守義務に違反したり、居住建物所有者に無断で居住建物の増改築を行ったり第三者に使用収益させた場合には、建物所有者は配偶者居住権の消滅請求ができることとして、配偶者と居住建物所有者との権利調整を図っています。
高齢化社会が進むなかで、新しく創設される「配偶者居住権」を上手く活用し、自分が他界した後の配偶者パートナーの居住基盤、生活基盤を確保する配慮をなさることをお勧めします。
ご自身の他界後に相続人間で「配偶者居住権」の成立につき無用な争いが生じることを避けるためにも、是非お気軽にご相談頂けましたら幸いです。また、「配偶者居住権」設定に伴う相続税上の問題等につきましては、連携している税理士さんとともにサポートして参ります。
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